離婚率とか法事とか葬儀とか
すごくバタバタしてました。
法事とか法事とか法事とか。
あれですね、
歳を重ねる毎に黒ネクタイの機会が増えてくる言いますが、正にそれに差しかかっております。
まぁ、弔事用のかりゆしだったんですけど。
一周忌だったんですけど、
やっぱりいつになっても慣れませんねぇ。
慣れたらダメなんでしょうけどねぇ。
今回は母方の母、婆ちゃんの一周忌だったのですが昼頃からPM19時頃までいました。
相続やら何やらは本当人を変えますね。もう怖いという感情をサッと通り過ぎていきます。その感情さえ置き去りにしますね。
そんな話は一旦置いていて、沖縄県の離婚率って全国1位なんですよね(厚生労働省・人口動態調査より)。
それに私の親も該当しており、何かややこしいんですよねー。
私は父へついていき、その後再婚。お相手側は1人連れ子がおり、義弟となり、更にその後妹が生まれ兄となりとか。
実母は再婚し相手方に3名連れ子がいて、一気に3児の母(いうても再婚時は皆、成人していたはず)。
実母とは連絡を取ってない時期が長かったのですが、ふとしたタイミングでまた繋がりができ、お相手の連れ子には私と同級生がいたり。
まさかの市内でめちゃ共通の友人がいたり。
実母は病から今回の婆ちゃんより先にお空に行ってたり。
ふとしたタイミングの時にはもう末期に差し掛かっている事が判ったり。
人生てのは何があるのか分かりませんねぇ。
今Def TechのMy way聴きながらそんな事を思うてますわ。
いかん、話まとまらん。
葬儀関連で明るい話なんてまず皆無なので、ここからどう終着点を見つけるのかがしんどいのですが、とりあえず続けます。
父方の母、まあ、これも婆ちゃんですね。
父の方についていった為、父方のじじばばにはめちゃんこお世話になったのですが、婆ちゃんは3,4年前?に亡くなったんですよね。
もはや亡くなったのがいつかすら覚えてない私は人としてクズだと思います。
その連絡は妹からきたのですが、仕事帰りの疲れ眼を一気に覚ましてくれたのを覚えています。
それを覚えているのはやっぱり人としてクズだと思います。
そういう事があったため、仕事を急遽休む事になり実家へ。
身近な人が亡くなるということはこれが初めてだったのですが、想像以上に冷静な自分自身がいました。
漫画やドラマ、映画等で
『寝ているようでしょ?』という台詞がありますが、マジそれでした。寝ているだけに見えるんですよね。
実家のテーブルには昔と変わらず黒砂糖の入った容器、急須、茶菓子にしていたと思われるスニッカーズやぽたぽた焼、とんがりコーン......。
婆ちゃんお茶が好きだったなぁ、私がお菓子好きだったから自分の分までくれてたなぁ。
こういのは鮮明に覚えています。
何年経ったかが分からないだけです。
リビングの隣には祭壇が用意されており、そこに皆腰かけ各々に話をしている訳です。
あの時の話、聞こえてたのかなぁ。
あまり実家に帰ってくる事もなくてすまんな。が、私の思う気持ちでした。
翌日、いよいよ出棺の時を迎え、花や想い出の品々を棺へ入れていきます。
よく着ていた服、向こうでも着ててねと。
爺ちゃんとの写真、向こうで飾っててねと。
この時、本当にお別れなんだな。と涙が止めどなくでした。
昨日まで冷静だった私はいませんでした。
棺へは様々なものが次々と入れられていきました。
ふと目を横にやると婆ちゃんが好きだった茶菓子のぽたぽた焼きが納棺されてました。
これから火葬だから2度焼きだなぁ。
ぽたぽた焼き焼きだなぁ。
餃子やラム肉だったら店主に怒られるなぁ。
と思ったのを鮮明に覚えています。
先程まで泣いていたのにこんな事を考えた私はマジクズだと思います。
ただ、婆ちゃんは本当にてーふぁーだねーと言うてくれると思っています。
あー、元気でやってるかなー。
こっちも元気でやらねばなー。
never and never,ever and ever.
それっぽい英語書いて終わらせます。
これ書いてて少し涙が流れたのは人としての大切な部分がまだ残っている証拠でしょうね。
そういう想いや何もかも全て纏め、今後を充実に過ごすため、明日を迎えたいと思います。
御不浄行ってきますウフフ。